ルーヴル美術館の17世紀北方絵画コーナーにひっそりと展示されていた2点の静物画。長年その来歴はほとんど知られていませんでしたが、最近になって驚くべき事実が明らかになりました。
ナチス占領下のフランスで奪われ、80年の時を経て新たな展開を迎えたこれらの絵画――。その知られざる物語をご紹介します。
ルーヴル美術館に眠っていた2枚の静物画
2点の静物画の概要
第二次世界大戦後、ルーヴル美術館の北方絵画展示室には、フロリス・ファン・スコーテン(Floris van Schooten)作《ハムのある静物画(Nature morte au jambon)》とペーター・ビノワ(Pieter Binoit)作《テーブルの上の料理、果物とグラス(Mets, fruits et verre sur une table)》の17世紀に描かれた静物画2点が展示されています。
しかし、これらの作品の来歴については、詳しくは知られていませんでした。
ナチス・ドイツ占領下のパリで1944年、ナチス・ドイツによって押収されていたこと。戦後にドイツから返還されたものの、正当な所有者が特定できなかったため、1951年に「国立美術館収集品 (MNR)」としてルーヴル美術館へ預けられていたことくらいでした。
対照的な17世紀オランダ・フランドル静物画2点
この2つの絵画、17世紀のオランダやフランドル地方の伝統的な静物画の特徴を示しているものの、一方は素朴で日常的な食卓、もう一方は豪華な金属やグラスの光沢、細かな装飾から当時の祝宴や豊かな生活を表現していて、とても対照的な作品です。
80年後の返還と寄贈の決断
ナチス占領下での美術品略奪―ジャヴァル家の邸宅での押収
1940年7月から1944年8月にかけて、ナチスドイツはフランスで美術品の略奪を行いました。主な目的は、ユダヤ人家族の財産を没収することでした。
1944年1月19日、パリのジャヴァル(Javal)家の邸宅から、ナチス・ドイツによって4点の絵画が押収されました。しかし、押収記録に記載の住所は実存しない住所、モブール通り5番地〈5, rue Maubourg〉、名前はJavalidesと間違った記載になっていました。さらに絵画が複数の場所を経由して移送される中で、4点の行方は不明となってしまいました。
所有者特定の経緯
長い間、所有者不明のままルーブル美術館に展示されていたこの2点の作品。フランス国立公文書館、文化省、および略奪被害者補償委員会の研究者による最近の調査で、大きな前進がありました。押収記録に記載された情報の謎が解けることになるのです。
押収場所は、モブール通り5番地〈5, rue Maubourg〉ではなくトゥール・モブール大通り5番地〈5, boulevard de la Tour-Maubourg〉。そしてこの場所はアンヴァリッド廃兵院(Invalides)からほど近いことから、押収記録の記載名であるJavalidesとは、Invalidesとジャバル(Javal)のスペルや発音で混乱があったためと判明したのです。
そしてようやく作品の所有者がユダヤ人のジャヴァル家だったことが確認され、2023年末、約80年の時を経て絵画は相続人の元へ返還されることになりました。


相続人の決断と寄贈の意義
2024年6月4日、相続人達はアウシュビッツで命を奪われた家族5人の追悼のために、また「過去の悲劇を未来の世代の記憶に残す」ために、これら2点の絵画をルーヴル美術館に寄贈することにしました。
この寄贈によって、この静物画は単なる美術作品としてだけでなく、歴史的な証言としての価値を持つことになったと言えるのではないでしょうか。ナチスによる略奪とその後の長い返還の歴史を物語るこの2点の作品は、記憶の継承と正義の回復の象徴として、多くの来館者に深い印象を与え続けていくと感じます。
美術館とは単なる作品の保管・展示の場であるだけでなく、歴史的正義を実現する場でもあることを示していると思います。
この静物画2点は現在も北方絵画展示室、リシュリュー翼2階(フランス式)840番に展示され、過去の悲劇を未来へと伝える大切な役割を果たし続けています。
【ルーヴル美術館で2024年6月~2025年1月まで特別展、2024年10月に講演会が開催されました】
消えた4点の絵画の行方
1945年11月、ジャヴァル家の最後の住人であったマティルド・ジャヴァルは、美術品返還委員会(Commission de récupération artistique)に対し、家族の財産の返還を求めました。その後、1947年にマティルドが亡くなった後、レオナール・ジャロー(Léonard Jarraud)作《果樹園で働く農夫》は彼女の相続人へ返還されました。
先に述べたとおり、フロリス・ファン・スコーテン(Floris van Schooten)とペーター・ビノワ(Pieter Binoit)作の静物画2点は、所有者が特定できなかったため、1951年にルーヴル美術館へ預けられました。
なお、残る1点であるウィレム・ファン・デ・フェルデ(Willem Van de Velde)作《港の眺め》の所在は、現在も不明のままとなっています。
ルーブル美術館には返還できない美術品が他にも保管されている
MNR作品と戦後の返還プロセスについて
第二次世界大戦中の1940年から1945年にかけて、フランスではナチスドイツとヴィシー政権によって約10万点の文化財が主にユダヤ人家庭から略奪されたり、自身の命を守るために売却を余儀なくされ、多くがドイツへ移送されました。
戦後、ドイツからフランスに返還されたのは約6万点にとどまり、そのうち約4万5千点は「芸術品返還委員会(CRA)」によって所有者に返還されましたが、残りの約1万5千点は未返還のままでした。
しかし、このうち約1万3千点は1950年代、フランス政府により売却、残る約2,200点は「国立美術館回収品(MNR)」として、美術館に保管されることになりました。
美術館で展示されることで、略奪された元所有者がそれを取り戻す機会を得られるように意図されていました
フランス文化省 『MNR作品とは何か』https://www.culture.gouv.fr/nous-connaitre/organisation-du-ministere/Le-secretariat-general/mission-de-recherche-et-de-restitution-des-biens-culturels-spolies-entre-1933-et-1945/biens-musees-nationaux-recuperation-mnr
ルーヴル美術館に残るMNR作品の現状
現在、ルーヴル美術館には絵画791点を含む合計1,610点のMNR作品が保管され、うち4分の1はフランス国内の美術館に長期リースされています。ルーヴル美術館コレクションのデータによると、166点のMNR作品がルーヴル美術館で一般公開されているとのこと。
MNR作品が鑑賞できる主な展示室をリストにしましたので参考にしてください。この展示室以外にもMNR作品は公開されていますので、少し注意して鑑賞してみると意外な発見があるかもしれません。
主なMNR作品展示場所
| 展示場所 | 展示内容 | ||
|---|---|---|---|
| Denon (ドゥノン翼) | 地下1階 | 167展示室周辺 | 中世ルネサンス期以降のヨーロッパ彫刻 |
| Richelieu (リシュリュー翼) | 仏式2階 | 804・805展示室 (MNR専用展示室) | 17〜18世紀北ヨーロッパ絵画 |
| Richelieu (リシュリュー翼) | 仏式2階 | 840展示室 | 17世紀北ヨーロッパ静物画 |
知られざる歴史を知ることで変わる絵画鑑賞の視点
広い館内で見過ごしがちな展示室にも、それぞれの美術品に物語があります。あまり知られていない作品も、歴史と重ねて見ると、とても興味深く感じられます。そんな見方が、絵画鑑賞の世界をさらに広げてくれるかもしれません。

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参考文献
ルーブル美術館
フランス文化省
『ル・フィガロ』デジタル版
美術雑誌『ボザール』デジタル版
https://ja.wikipedia.org/wiki/フロリス・ファン・スコーテン
https://fr.wikipedia.org/wiki/Spoliation_d%27œuvres_d%27art_par_le_régime_nazi














