パリ16区ブローニュの森にほど近いラヌラグ公園は、同じ16区にあるトロカデロ庭園に次ぐ広大な庭園だ。広々とした芝生には、晴れの日ともなればピクニックや犬と散歩するパリジャンやパリジェンヌが集まる憩いの場となっている。そこに佇むジャン・ド・ラ・フォンテーヌ(Jean de la Fontaine(1621 – 1695))の像。足元には何か丸いものを咥えたカラスと、長い尻尾のキツネもいる。


ジャン・ド・ラ・フォンテーヌといえば、フランス版イソップ物語ともいえる、動物を擬人化した傑作『Fables(寓話)』の作者だ。フランスの古典の中でも、子供から大人までフランス人に馴染みの深い作品である。この場面は、『寓話』内の「キツネとカラス」の一場面のようだ。カラスが咥えているのはチーズに違いない。
パリの青空の下、鳩がラ・フォンテーヌ像の頭上でゆったりと休憩をしている穏やかな光景は、平和そのものだ。
しかし、よく観察していると、一体いつ頃出来た銅像なんだろうという疑問がふと湧いた。銅像の表面がきれいで比較的最近できた彫刻のように見えたからだ。
実は、19世紀の終り頃から設置されていた銅像が〈ある理由で〉取り外され、台座だけが長年放置。現在のラ・フォンテーヌ像は、40年ほど前に新たに制作された2代目なのだ。
時は1942年、ナチス・ドイツの占領下にあったフランス。ヴィシー政権(1940-1944年)は、軍需品生産の『材料』として金属が必要となったため、フランス各地で銅像、ブロンズ彫刻、鐘楼の鐘などが次々と溶かされていった。中には、1825年王政復古期に制作されたボルドー国立美術館所蔵のルイ16世像も含まれていた。
芸術の国フランスで、戦争の為に芸術品が軍需用の金属資源として回収されていたことを、偶然にも私に教えてくれた、ラヌラグ公園のラ・フォンテーヌ像。意外と身近にある、第二次大戦の証言者たちの一つだ。
1891年に設置された初代のラ・フォンテーヌ記念碑は、彫刻家アキーユ・デュミラートル(Achille Dumilâtre)、石製の台座は建築家フランツ・ジュルダン(Frantz Jourdain)によるもの。高さ7メートル、重量3,610kgという大きな作品だった。縦長の台座上のラ・フォンテーヌの胸像を中心に、『ラ・フォンテーヌ寓話』に登場する様々な動物達が配置されていた。
戦後40年以上、台座だけが残されていたが、パリ市の活動により1984年にシャルル・コレイア(Charles Correia)によるラ・フォンテーヌ像が設置された。現在ラヌラグ公園で見ることができるのは、この像である。
この台座には、溶かされて存在しない銅像の彫刻家DUMILATREの刻印が今も残されている。

1891年に設置されたが、ヴィシー政権下の軍需政策により溶解された



CORREIA 1983と記されている

FRANTZ JOURDAIN ARCHITECTE

彼の作品はもう存在しないが、
台座に残るJ. DUMILATREという文字が
歴史を物語るかのように残されている
参考資料
https://musba-bordeaux.opacweb.fr/fr/notice/bx-e-1054-louis-xvi-e07daf83-edf2-4858-9c50-f5daf8c2d74d
http://www.paris1900.lartnouveau.com/paris16/jardins/jardin_du_ranelagh/statues.htm



